巨匠

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今時の若いADすら知らなくなってしまった故アーヴィングペンの展覧会が始まる。
広告写真に「静止」=「死」の世界を持ち込んだ巨匠アーヴィングペン
実は僕はペンになりたくて18の時、広告写真を志、現在に至っている。


もう広告写真なんて言葉すら意味が違ってしまってるが、かつて銀塩写真を使っている頃は拭いきれない「死」の匂いをそっとその広告に潜り込ませることが暗黙の了解、というのが巨匠の必須条件だったように思う。
(決して誰も口にしなかったがADとフォトグラファーのそういう共犯関係を助手時代何度も目にして来たし、2000年代前半くらいまでは共犯関係の作業を僕も続けていたと思う)
他人から見られたいから、巨匠になろうなんて全く興味そそられないが、「死」の匂いを写真に潜り込ませる行為には今でもその意味があるように思う。



生に対極にあるのが死ではなく、そのエキスを吸い込みやがて訪れるのが死、というノルウェイの森の一節は真理



それが広告写真のB0ポスターやビルボードとして街中に貼られていたそんな時代があったのだ。


もっとも「生きる意味」そのもののリアルは現在の世がもっとも濃いので、その意味での広告写真の役目は終わってしまった


今回の展示はイッセイミヤケとのコラボ
毎年パリコレ後は必ずアフリカやインドへ旅をした後帰国、そこからインスパイアされ翌年のコレクションの企画にとりかかっていたという三宅一生のスタイルと、広告写真で稼いだギャラをアフリカ原住民の撮影に投資していたアーヴィングペンのスタイルは限りなく近い。


儲かるためのものづくり!?


冗談じゃない、そんなものに貴重な人生を掛けている訳ではない!!


そういう貴重な魂の記録を是非見に行きたい、と思う。