抗いがたい絶望

今この国を支配しているのは抗いがたい絶望ではなかろうか。
右にも左にも前にも後ろにも、若くても年老いてても希望が持てない、持つための基準がわからない、という。


毎晩毎夜、夢にいろんな人が出てきて僕に絶望を口にし去っていく。それが自身の深層心理か誰かの心の分身かはもはやどうでもよくて、押せるボタンはすべて押すべく自身はその抗いがたい絶望と向き合い克服するしかない、と決心するのみだ。


ナショナリズムリベラリズムも個の幸福の追求には万能ではないので早々に新ルールが世界基準でまとまっていき古いルール基準での価値基準は全く意味をなさなくなっていくだろうから、それぞれ個の絶対値の基準の有無が幸福感を大きく左右するだろう。
それは抗いがたい絶望と向き合うことに等しいが、それだけの価値はあると見ている。忘れてならないのはそういう絶望が根絶されてた時代はこの史上これまで一度たりとも無かったということ。


表面化している絶望というのは、もともとあった絶望。克服すべき問題であると認識ししかるべき手を打ち続けるしかないのだ。