浦島太郎とパラレルワールド

共時性という意味で、もはや早いも遅いも無く60年代の人は60年代のまま70年代の人は70年代のまま、という風に80、90、00、10年代それぞれそのまま平行しながら成長していくだろう現代は、皆、誰しもがやがては浦島太郎になり、他の年代をパラレルワールドとして感じながら老いていくんだろう、というのをひしひし。
今現在でも昭和な銀座と平成な池袋ではもはや多次元な訳で。


いわゆるaiがあらゆるコントロールを始めるであろう2045年でもそれはきっと変わらんのだろうな、という気がしている。
この先ナノテクノロジー医療の爆発的進化によって200歳位まで生きれるようになってもきっと昭和の人は昭和なまま大往生、でいいじゃなかろうか、と


他の年代に合わせる意味等、どんどん無くなっていくに違いない